【しゅうまい奉行のルーツ】
初代京都所司代・板倉勝重の血脈

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しゅうまい奉行 福村浩平
初代京都所司代 板倉勝重公 十七代末裔 しゅうまい奉行 福村 浩平
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大岡越前のモデルとなった名臣の家系。
この京都の地で、再び味の秩序を正す。

皆々様、よう参られた。拙者、京都点心福を率いる、しゅうまい奉行こと福村浩平にござる。巷では「なぜ点心職人が奉行を名乗るのか」と不思議に思われるやもしれぬが、我が血筋には、京の町を護り抜いた確古たる歴史の裏付けがございます。

👑 大岡越前のモデル・板倉勝重の末裔
  • 血筋の証明:江戸初期に「初代京都所司代」を務めた名臣・板倉勝重の家系。
  • 歴史に刻まれし証:勝重公の名裁き(『板倉政要』)は、あの高名な時代劇『大岡越前』の主役のモデル・原点となった伝説の存在。
  • 奉行の使命:先祖が護った京の「秩序」の精神を受け継ぎ、現代の乱れがちな食卓の味の秩序を正すべく、拙者はこの名を掲げ申した。

この京都の地で再び活動を営むにあたり、先祖が護り抜いた「法(のり)」と「秩序」の精神を現代の食卓へ捧げんとし、拙者はこの「奉行」の名を掲げ申した。今の世の食卓、忙しさに追われて味の秩序が乱れがち。なればこそ、中華料理に携わって約三十年、点心の製造を極めし拙者が、先祖譲りの「奉行の眼」で素材を吟味し、膳の上の秩序を正して本物の美味しさをお届けせねばぬと一念発起した次第にございます。

板倉家・福村家 家系図 【受け継がれし家系図】

勝重公から数えて十七代。名臣の血脈と「物事の秩序を正しく律する」という不変の信条が、現代の点心作りへと脈々と繋がってございます。

二条城 大手門 【二条城 大手門】

徳川家康公からの信任厚く、勝重公はこの二条城を中心に、京の治安維持や朝廷との折衝という最高責任者の重責を全ういたしました。

二条城 松の広間 【二条城 松の広間】

かつて多くの歴史的決断が下された格式高き広間。勝重公が護り抜いた武士の「規律」の精神が、今も私どもの暖簾に息づいております。

板倉家 備中松山城 【名城 備中松山城】

勝重公の曾孫にあたる板倉家四代・勝澄公が、備中松山藩の「初代藩主(城主)」としてこの地に入り、善政を敷いた名城にございます。

備中松山城下地図 【備中松山城下地図】

初代城主・板倉勝澄公から始まる城下町の古地図。厳格なる区画整理の中にも、板倉家ならではの「秩序ある美意識」が隅々まで刻まれております。

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